9月のニューズレター

 

私 の娘がバプテスマの決心をした。神様の救いを親子で生きることが許されたのは、神様の恵みとしか言えない。また娘のために祈ってくださった皆さんに心から 感謝したい。

  もちろんバプテスマを受けてゴールではない。受けてからが始まりであり、受けてからの人生の方が長い。それは天国での永遠の命も含まれるのだから、今日死 ぬ人がバプテスマを受けても同じことだ。だから娘のこれからの人生、いつも神様が共にいてくださることを覚えていきたい。

  私自身、バプテスマを受けてから色々あった。クリスチャンとして生きることが分からなくなった時期、教会に反発した時期もあった。キリスト教信仰を教えて くれた両親に、「教会から自由にして!」と泣いて頼んだこともあった。こんな私が今、牧師をしていることは神様の奇跡であろう。

  私が育ったのは北海道の室蘭というところだ。小学2年生まで過ごしたその町で、私は教会付属の幼稚 園に通っていた。そして後に私が卒業した神学校が偶然、その幼稚園の教会と同じ宗派(日本基督教団)であった。神学校が出していた学報に卒業する私の名前 が載っていたのを幼稚園の先生は見つけて「卒業祝い」と手紙を送ってくださった。20年近くも交流 がなかったので、その先生のことは記憶になかったし、なぜここまでしてくださったのかも分からなかった。しかし今は分かる。私はその人に祈られていたの だ。

  クリスチャンにとって、一番心が燃えるのは祈りだ。間違いない。雄弁ではなく緊張してしどろもどろ、そういう言葉によって祈るとき、祈っているのは自分で はなく、自分に働いてくださっている神様だということが分かる。

  去年、私は28年ぶりに室蘭を訪れた。かつてお金を盗んでしまった人に、そのお金を返して赦しを乞 うためだ。その人は私の言葉に驚き、涙を流しながら私を赦してくれた。そして一緒に祈ることができた。後で次の言葉を頂いた。「私は今回の事を通して、キ リスト・イエスを信じるとはどういうことなのか、改めて教えられ感銘を受けました」。

教 会に戻ってから、私はこのことを報告した。不思議なことに、教会の中に私と同じような経験をする人が表れた。「赦すことのできなかった人を赦すことができ た。いや、自分の方が赦された」と言って。そのような赦しの出来事が教会の中から起こってきた。それは今も続いていると思う。

だ から、あなたにも教会に来てほしい。

 

三鷹バプテスト教会牧師   

秋山献一



木 の十字架の教会 三鷹バプテスト教会 Copyright(C) 1997-2012 mitaka baptist church All rights reserved. 三鷹バプテスト教会は日本バプテスト連盟に加盟しています。このホームページに引用される聖書の著作権は、以下に帰属します。聖書  新共同訳 (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 聖書 (c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955